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2025年にも開催!大阪万博の記念メダル(EXPO’70)にはどんな価値がある?

今回は積極的にお買取りをしている記念メダルのうちのひとつ、日本万国博覧会記念メダル(通称:EXPO’70記念メダル)についてお話をいたします。

1970年に行われた大阪万博。人類の進歩と調和をテーマとし、太陽の塔や月の石などの展示が話題になりました。

当時発行された日本万国博覧会開催記念メダルEXPO’70について、イベントの開催経緯や詳細を交えてお伝えいたします。

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大阪万博記念メダルEXPO'70はどんな種類がある?金、銀、銅製の3種類

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日本万博博覧会メダル EXPO'70 記念メダルセット

大阪万博記念メダルの「MEDAL EXPO'70」は、金、銀、銅の3種類が発行されました。

発行したのは財団法人日本万国博覧会協会で、製造は大蔵省造幣局です。

そして、日本万国博記念メダル協会によって発売されました。

いずれも表面のデザインは共通しており、大阪万博のシンボルである桜マークが刻まれています。



日本万国博覧会開催記念金メダル

金メダルのデザインを手がけたのは、当時、若手アーティストとして注目されていた杉浦康平氏です。

杉浦氏は、あえて抽象表現を取り入れて、波のような曲線で「人類の限りなき進歩」を表現しています。



こうした感覚は、1970年において非常に先進的とされていました。

曲線のうねりが、金の輝きと調和しているのも大きな魅力となっています。

3点セットのケースでは金が中心に置かれる構造となっており、発行された数多くのメダルの中でも一際存在感を放つこととなりました。



日本万国博覧会開催記念銀メダル

次に、銀メダルのデザインは佐藤忠良氏によるものです。

佐藤氏は彫刻家としてすでに巨匠との評価を得ていた人物です。

銀メダルには「人類の調和」を意味する巨木や花が描かれました。

その姿が桜のマークにも見えるなど、細かい工夫が凝らされたデザインでもあります。



日本万国博覧会開催記念銅メダル

そして、銅メダルは福田繁雄氏によってデザインされました。

福田氏は、先鋭的なセンスで評価されていたのグラフィックデザイナーの第一人者です。

トリックアートなどの遊び心を取り入れたデザインが愛されていました。

福田氏は銅メダルで人類の進歩と「平和」を表現しました。



人間の広げた腕がどこまでも伸びていく姿に、福田氏は世界の可能性を重ねたのです。

なお、「人類の進歩と調和」は大阪万博のテーマであり、「平和」は万博そのものの目的でもあります。

大阪万博を記念して生まれた3種類のメダルは、それらが合わさって祭典の理念を体現していたのでした。



3種類の中でもっともコンパクトなのは金メダルで、重さが13.4グラム、直径が2ミリメートルです。

次に、銅メダルは重さが16グラム、直径が34ミリメートルでした。

もっとも重量感があったのは銀メダルで、18グラムです。直径は銅メダルと同じく34ミリメートルでした。



3点はセットとしても発行され、特別なケースとともに入手可能でした。

黒いケースはメダルの光沢を引き立てるために最適のカラーリングだったといえます。

展示用に便利で、セットで買う人も続出しました。



記録によれば、金銀銅のセットは全部で20万部が発行されたとのことです。

価格は当時で14500円でした。銀メダルは発行枚数が90万枚で1500円、銅メダルは発行枚数が120万枚で350円です。



大阪万博記念メダルで最も価値が高いのは?

大阪万博の記念メダルの中で、もっとも価値が高いとされているのが「金メダル」です。

その理由は大きく分けて 素材価値・デザイン性・希少性 の3つにあります。



まず、素材としての価値の高さです。

金メダルは 18金、銀メダルは 925シルバーで作られており、近年続く貴金属相場の高騰に伴って買取価格も上昇しています。



次に、デザイン性の高さが挙げられます。

金メダルは3種類の中でももっとも空間的・抽象的なデザインでまとめられており、1970年代当時に加速した“宇宙時代”を象徴するコンセプトが取り入れられています。

抽象表現ゆえに時代や文化に左右されにくく、今見ても古さを感じさせない完成度の高さが特徴です。

日本を代表するグラフィックデザイナーが手がけたことからも、美術作品としての評価は非常に高いといえるでしょう。



さらに、希少性の高さも価値を押し上げています。

金メダルは3種類の中で発行枚数がもっとも少なく、単体で市場に出回ることは非常に稀です。

ネットで検索すれば銀メダルや銅メダルは一定数ヒットしますが、金メダルだけはほとんど見つかりません。



大阪万博では多くの種類の記念メダルが作られましたが、金製メダルはこの1種類のみ。

発行から50年以上が経った現在でも需要が落ちず、むしろコレクター間で人気が高まっています。

素材としての金の価値の上昇も、その人気を後押ししています。



年数が経つほどに流通量は減っており、大阪万博の金メダルを入手するルートは年々限られてきました。

しかし、2025年の大阪万博開催を前に1970年の万博が再評価されていることから、再び記念メダルへの関心が高まり、市場に出てくる機会が増える可能性もあります。

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大阪万博で発行されたメダルとは一体どんなメダル?

歴史的なイベントが開催される際には、その記念として貨幣やメダルが発行されることがあります。

これらの記念品は造幣局や大蔵省などの国家機関が企画・製造し、発行枚数や流通も厳しく管理されています。



その代表例が、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)を記念して発行されたメダルです。

大阪万博の公式記念メダルとしてもっとも知られているのは、金・銀・銅の3種類ですが、特別イベント用や出演記念メダルなど、多彩な関連アイテムも発行されました。

例えば、『EXPO’70 日本万国博覧会PAVILION観覧記念メダル』は、太陽の塔などのパビリオンをモチーフにした17ヵ国全40種類の絵柄があり、コレクターからも高い評価を受けています。

また、『日本万国博覧会記念パビリオン公認メダル 純銀製』にも、万博を代表するパビリオンがデザインされています。

銀の落ち着いた輝きと、当時の熱気を伝える精巧なデザインは、今なお大きな魅力を放っています。



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大阪万博は、その後、さまざまなイベントを祝して発行される記念メダルの先駆けとなりました。

天皇陛下のお誕生、国体やオリンピックのほか、観光地なども積極的に記念メダルを作ってきています。



その背景には、大阪万博の記念メダルが一定の成功を収めたという事実が挙げられるでしょう。

一つひとつのクオリティが高いうえ、種類も豊富で話題を呼んだ万博の記念メダルは、同ジャンルの手本になったともいえます。



そして、イベントそのものへの愛着も記念メダルの評価に影響しました。

大阪万博は、日本の高度経済成長期を象徴する一大イベントでした。

1970年といえば、敗戦からわずか25年しか経っていないにもかかわらず、アメリカに次ぐ経済大国となった日本に世界中が驚いていた時代です。



東京オリンピックからわずか2年、立て続けに国際的な式典を開催できることになり、日本人は敗戦のショックから完全に立ち直りつつありました。

大阪万博で展示された明るい未来に、日本の進む道を重ねた人も多かったでしょう。

進歩と調和をビジュアルで表現した記念メダルは、そのような日本人の思いを代弁していたのです。



需要に比べて供給量がはるかに少ないため、こうした記念品は往々にして転売市場でプレミアム価格がつくことも珍しくありません。

ただ、記念メダルは転売サイトやオークションサイトに出品されにくい傾向が顕著です。

なぜなら、そもそも転売目的で購入する人が少なく、純粋に記念として取っておきたいという考え方が根づいているからです。



その点に加え、大阪万博の記念メダルは芸術的価値の高いことでも知られています。

純銀製メダルの多くに描かれた太陽の塔は、岡本太郎氏の集大成的な作品として世界的知名度を誇ります。



金銀銅の記念メダルはそれぞれ、デザイン界の頂点に位置するクリエイターたちが、才能を注ぎ込むことで完成しました。

こうしたメダルを、装飾品として家にずっと置きたい人は少なくないのです。



ちなみに、日本万国博覧会記念硬貨も製造されています。

記念硬貨はメダル類と比べて発行部数が多かったので、後世でもあまりプレミアム化しなかったといえるでしょう。

ただ、一般的な記念硬貨と比べれば価値は高く、安定した人気を保っています。

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高度成長期、昭和45年に開催された大阪万博はどんな国際博覧会?

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当時の大阪万博会場の様子 ウィキペディア(Wikipedia)より画像引用

万博そのものの原型は、18世紀のパリにまでさかのぼります。

当初から、人類の進歩に役立つ文明の展覧会として人々に注目を集めてきました。

そして、現代的な万博は1851年のロンドンで第一回が開催されます。

このときから国際博覧会の様相が強まり、世界各国の技術、文化が集まる祭典として発展していきました。



万博の開催時期に法則はなく、1~2年程度の短い間隔で行われたことも珍しくありません。

一方で、第二次世界大戦の最中には10年ほど中断されるなど、国際情勢と開催時期は大きく関係しています。

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第二次世界大戦の敗戦国であった日本は、戦後しばらく国際社会での競争力を取り戻すため躍起となっていました。

そして、50年代以降の高度経済成長期で、敗戦から復興を遂げた象徴として国際的祭典の自国開催が望まれるようになります。



1968年の東京オリンピックと、1970年の大阪万博は日本人にとって、国際社会に認められた大きな証となりました。



しかも、大阪万博は一般博としてアジア初の開催であり、日本国民に熱烈な歓迎をされました。その後も、高度経済成長期を振り返るうえでの欠かせないイベントとして、大阪万博は語り継がれていくこととなります。



大阪万博に参加したのは77カ国で、テーマは「人類の進歩と調和」でした。

「規格大量生産型の社会」を象徴するべく、画期的な展示や企画が催されることとなります。

その代表例が「リニアモーターカー」「電気自動車」といった、乗り物に関する博覧会でした。



当時は世界的に自動車産業が成長しており、一般家庭でも手軽に買える、量産型の自動車が注目されていました。

こうした流れもあって、乗り物に関する展覧会などは連日、多くの見物客が押し寄せたのです。



さらに、缶コーヒーやフライドチキンといった、ファーストフードについての展覧会も人気でした。

これらの食品、飲料が生まれたことによって、誰もがいつでも安価で美味しいものを口にできる世界が広がりました。

21世紀でこそ日常の風景となったものの、1970年代でこれらの商品は画期的な発明だったのです。



そのほか、テレビ電話や携帯電話など、ほどなくして実用化にいたった電化製品も多く展示されていました。

これらの商品は大阪万博がきっかけとなり、企業が開発を推進したという逸話も残っています。

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大阪万博の展示物では、目玉となったのが「月の石」でした。

アポロ12号が月から持ち帰った石であり、アメリカ館で見学可能でした。

月の石を一目見ようと、連日多くの人が列を作ったのは大阪万博の代名詞です。



アポロ計画の様子は世界中に衛星中継されるなどして知名度が高かっただけに、一般客の関心はすさまじいものがありました。

これらの展示の人気も手伝って、大阪万博は国際博覧会史上初となる黒字を出しました。



展示物以外にも、大阪万博を盛り上げたクリエイター、アーティストはたくさんいます。

名誉会長は当時の内閣だった佐藤栄作氏で、当時の皇太子だった明仁親王が名誉総裁を務めた大阪万博は、紛れもない国家事業でした。



経済大国となった日本を世界に知らしめるため、イメージ戦略からして数々の著名なアーティストたちが協力を要請されたのです。

その中心にあったのは、岡本太郎氏がデザインを手がけた「太陽の塔」でした。



テーマ館の一部となった建造物で、前衛的でありながらも印象的なビジュアルは、世界的に絶賛を集めました。

太陽の塔はその後も保存されており、大阪府を象徴するランドマークとして親しまれています。



そして、明るい未来のイメージを打ち出すために一躍買ったのが、ベストセラー作家の小松左京氏でした。

SF小説の大家だった小松氏は、「万国博を考える会」の中心人物として大阪万博のコンセプト作りに尽力します。



そうやって、レトロフューチャー的な部分を押し出しながら、世界の誰が訪れても楽しめる内容が定まっていったのです。



また、メタボリズムの専門家たちを運営に招へいしたのも、結果的には成功でした。

メタボリズムとは、「社会は有機的に変化を遂げていくもの」とする思想です。



大阪万博はすでに発展している地域で祭典を開くのではなく、一時的に都市を出現させるという理念で計画されていきました。

こうした考え方はメタボリズムと共通しており、大阪万博のスマートな運営にもつながったとされています。

大阪万博とメタボリズムの関係はその後、日本で国際規模のイベント、祭典がなされるときのロールモデルにもなりました。

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当時の大阪万博会場の様子 ウィキペディア(Wikipedia)より画像引用

博覧会は183日間にわたって開催され、のべ6421万8770人もの人々を集客しました。

あるときは83万人以上の来場者が1日に押し寄せ、入場規制がかかったほどです。

万博に向け、大阪府は大胆な道路工事などを繰り広げ、世界中の訪日観光客に備えたのも見逃せません。



大阪万博は関西地方の発展を促進し、日本の観光資源を世界に知ってもらうきっかけにもなりました。

三波春夫が歌ったテーマソング「世界の国からこんにちは」がミリオンセラーを記録するなど、1970年の日本社会に大阪万博は大きく関与したのです。



一方で、大阪万博には課題がなかったわけでもありません。

祭典自体は黒字で終わったものの、その後の経済活性化にどれほどつながったかという点で疑問の声も寄せられています。



また、大阪万博に関する公共事業には必然性の低いものも多く、「国力を誇示する以外の目的がない」とする意見も出ました。本来的には権力や体制とは無縁であるはずの、芸術分野の才能たちを国家事業に参加させたことについても賛否両論があります。

ただ、これらの問題点を考慮したとしても、大阪万博が東京オリンピックと並び、戦後日本の経済的繁栄を記録したイベントとなったことは歴史的事実です。21世紀を迎えても、多くの小説やコミックの題材にされているなど、大阪万博が世界に与えたインパクトは大きかったといえます。



2025年には大阪で2度目となる、万博が開催されています。

大阪府が万博の招致に注力したのも、1970年の感動が人々の記憶に刻まれているからです。



大阪万博は、展示内容、コンセプト、経済的成功など、さまざまな面で、同祭典の歴史に残る成功例となりました。そのため、万博に関連するアイテムは、21世紀においてもまだ根強い人気を誇っています。

記念メダルがコレクターの間でプレミア化しているのも、大会自体の評価と無関係ではないのです。

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大阪万博記念メダルについてお話をしましたが如何でしたでしょうか?



2025年の4月13日~10月13日まで大阪、夢洲で国際博覧会が開催されました。

「いのち輝く未来社会のデザイン」がメインテーマです。



記念メダルの買取価格は金相場が深く関係しています。2025年現在も金の高騰が続いております。

日本の記念金貨や金製のメダルなど地金の価値と連動して売却価値がかわりますので金の価値が高い今が売り時です。



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