アレキサンダー・マックイーンの歴史について

ロンドンで誕生したブランド、アレキサンダー・マックイーン。今ではイギリスを代表するブランドとしても知られています。
イギリス王室のキャサリン妃が結婚式でアレキサンダーのウェディングドレスを着たことで一躍知名度が上がりました。
今回はそんなアレキサンダー・マックイーンの歴史を解説していきます。

創業

創設者はイギリスのデザイナーである、リー・アレキサンダー・マックイーン。

1969年にロンドンで生まれた彼は、1992年にロンドンの名門ファッション大学で卒業コレクションを発表します。その名前は「獲物を狙う切り裂きジャック」。
彼の独特な世界観に魅了されたスタイリスト、イザベラ・ブロウがコレクションを全て買い取ったのです。

リーは1993年のロンドンコレクションでデビューを飾ります。物議をかもすデザインでしたが、彼はその後も過激なデザインを続けます。
ファンが増えたことで、ブランドの価値は着実に上昇していきます。

1999年には拠点をニューヨークへ移しますが、翌年にはロンドンへ戻ってきます。
こうして、アレキサンダー・マックイーンというブランドはスタートしたのです。

グッチグループによる買収

2000年は、ブランドにとって大きな転換点となりました。
グッチグループによる買収が行われたのです。

その買収によって、兼任していたジバンシィのデザイナーを解任されます。
こうして彼はクリエイティブな事業に専念することができました。
リーにとって解任されたことは、むしろプラスと捉えていたのです。

グループによる資金援助と、ジバンシィから解放されたことで、ブランドは拡大していきます。

買収と同年に、カジュアルラインを新たにスタートしました。

2004年にはメンズラインを設置し、翌年はプーマとのコラボが開始されます。
2010年には、レディー・ガガも愛用したアルマジロシューズが発表されます。
しかし、これがリーにとって最後のコレクションになったのです。

リーの死

2010年2月、リーが亡くなっているのを家政婦が発見します。
殺害されたとの噂が流れましたが、窒息による自殺だと公式に発表されました。

彼が亡くなった後、サラ・バートンがクリエイティブディレクターに就任。
2011年には、イギリス王室キャサリン妃とウィリアム王子の結婚式のドレスをデザインするという快挙を成し遂げます。

サラ・バートンの活躍と、グッチグループの後押しで、ブランドはリーがいた時よりも発展します。
なんとも皮肉なことです。
バッグなどの小物も展開し、日本を含めた世界各国にも店舗をオープンさせています。
人々がブランドに触れる機会は増えていると言えるでしょう。

若き天才デザイナー、アレキサンダー・マックイーン

突如としてファッション界に現れた新星、リー・アレキサンダー・マックイーン。若くして天才と呼ばれるようになった彼は、ファッション界で伝説として語り継がれています。
また、「マックイーン:モード界の反逆児」という彼の人生を描いた映画も公開されました。

40歳という若さでこの世を去ったリーの追悼式は、王室や世界的な指導者にしか許されていない、セントポール大聖堂で行われました。
また、メトロポリタン美術館で開かれた回顧展には50万人以上が訪れたそうです。

しかし、肯定的な意見だけではありません。「ファッション界の異端児」や「英国ファッションのバッドボーイ」といった評価もされています。

彼はイギリスの労働者階級で生まれ、3歳で絵を描きはじめ、12歳からファッション関連の本を読み漁っていました。

その後、イギリスの名門ファッション大学の門を叩いた彼は卒業時にコレクションを発表。
イザベラ・ブロウの目に留まり、5,000ポンドで買われます。

1996年にはジバンシィのデザイナーに抜擢されます。LVMHから指名された際はファッション界に衝撃が走ったそうです。
しかし彼のコレクションは、世間に受け入れられず酷評されてしまいます。

2000年にはグッチグループに買収され、クリエイティブな作業に没頭するのです。

2010年に彼は自殺してしまい、後任にはサラ・バートンが就任。
彼女はいったいどのような人物なのでしょうか。

サラ・バートン

アレキサンダー・マックイーンというブランドにとって欠かせない人物がサラ・バートンです。
リーの死後、ブランドをけん引してきた人物で、その功績はとても偉大です。
彼女の活躍によって、ブランドが広く知れ渡ったとも言われています。
リーの前衛的なデザインから一新、良い意味で「普通」のデザインになったアイテムは一般の人からも受け入れられたのです。

2000年に、彼女はリーの右腕として働くことになります。
彼の死後はクリエイティブディレクターとして、ブランドの存続に貢献しました。

彼女の知名度が上がったのは、なんといってもウィリアム王子の結婚式です。
キャサリン妃のドレスをデザインしたことで、世界中から注目が集まったのです。
どんなドレスをどこのブランドがデザインするのか、イギリス中で話題になりました。

そんな彼女の功績が認められ、ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを獲得します。
また、2012年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。
それだけでなく、王室からはイギリスファッション界への功績が認められて、大英帝国勲章を授与されたのです。

まとめ

アレキサンダー・マックイーンは天才デザイナーとして強烈なデビューを飾ります。
大学卒業時のコレクションが5,000ポンドで買われるなど、才能あふれる人物でした。

彼は次々とコレクションを発表しますが、前衛的すぎるデザインはファッション界で議論を巻き起こしました。

2000年にはグッチグループに買収されたことで、ブランドは拡大していきます。

しかし2010年、彼は自宅で自ら命を絶ってしまいます。
その後、サラ・バートンがクリエイティブディレクターに就任。
リーの後任として申し分ない働きぶりを見せます。
2011年にはキャサリン妃のウェディングドレスを作ったことで、一躍脚光を浴びるのです。

現在も、イギリスを代表するブランドとして活躍するアレキサンダー・マックイーン。
これからも、私たちをあっと言わせるデザインを発表するかもしれませんね。

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